2002年11月の記録
11/30(土)

 朝から夕方まで秋葉原でロボワン(人型ロボットの格闘する大会)の講習会があった。しかし、俺には難しくてよく分からない話ばっかりだった。ビデオを撮るのは機械にやらせていただけだったのだが、三脚とカメラを持ち歩くのが本当に大変だった。カメラが小さくなったとは言っても、やっぱりめんどくさいものだ。
 終わってから近所で前から気になっていた「ドルネケバブ」を食べた。うまかったけれども、生のタマネギがたくさん入っていたのであとでげっぷがたくさん出た。新幹線はいっぱいで暑かった。
 本当はもう一日泊まってちょっとぐらい遊びたかったのだが、明日は神戸で試験なので帰らないといけなかったのが残念である。22時頃実家についた。疲れた。

11/29(金)

 朝授業にでた後、秋葉原に行く。みんなや先生に頼まれたものを買って回る。18時前について、18時半には秋月が閉まり始めたのでぎりぎり間に合った。全部で5万円ぐらい買ったか。それにしても人が多くて暑くて辟易した。19時半頃やっと買い物が終わったので、メッセサンオーに行ってビデオを物色した。今回はついにあの「テコンV」のビデオを手に入れることができた。ラッキーである。その後穴子天丼など食ってから大井町のアワーズイン阪急に行く。20時半ごろついた。大浴場に入ったり、近所のデパートで買ってきたニンニクと鶏肉が交互に刺さった焼き鳥を食べながらビールを飲んだりしたが、前きたときほどの楽しさはなかった(2001年8月の記録参照)。前はとにかく諸般の事情により京都にいるのが嫌で仕方なかった時期だったのだが、今は別に嫌じゃなかったからだと思う。ただの壁の薄い安ホテルだった。テレビで「ダブルチーム」という頭の悪いアメリカ映画をやっていた。裸の男がローマのコロシアムで虎と格闘したりしていた。それにしても地雷というのはあんなに大爆発するものなのか!?馬鹿にしながらも最後まで見てしまったのがくやしい。

11/28(木)

 シミュレータしつこく続き。ネットで調べたコードをまねてペンやブラシを使う部分を書き直したら、deleteをしつこくする必要がなくなった。コードがこれでだいぶすっきりした。
 クラブで宴会。アセンブラの課題が出ていたらしく、徹夜上がりのメンバーばかり。俺も徹夜していたので非常にしんどかった(手伝っていたわけではない)。なんかJavaをしている連中が盛り上がっていた。楽しそうでうらやましい。飲み後カラオケに行くが、西庄が何か溜まっていたのかとにかくがなりたてるので耳がおかしくなった。俺は3時頃ダウンして帰った。みんなは朝までいたようだ。

11/27(水)

 昨日の続き。ニンニクの丸揚げ、手羽先などの差し入れいただく。高橋のテトリスのバグ取り順調。

11/26(火)

 風邪がひどくなってきたので早く寝て、夜起きた。朝まで「ドットコムマスター」の試験勉強。テキストの内容を改訂して、それをpdf形式でダウンロードできるようにしました、というのはいい。改訂個所を全部手で写したのでひどい目にあった。1メガもあるというのはなんだ。これは刷りなおすというのが当然ではないのか。刷りなおす手間を省いているのだから、もっと安くしてもいいはずだ。

11/25(月)

 武川がアメリカから帰ってきた。ハリボのカエルグミとか、変な食べ物をたくさんもらった。

11/24(日)

 南森町の関西経理専門学校で画像処理検定とCG検定。29問もあったので疲れきった。パンチ鍋という謎の食べ物を試す。辛さ指定:0パンチ〜10パンチとあったので、とりあえず5パンチにした。そんなに辛くなかった。

11/23(土)

 一日中画像処理の勉強をしていた。

11/22(金)

 マシンの設計やプログラム、画像処理検定の勉強など。
 ビットマップを表示できるようになったということがいかに偉大なことか、なかなか理解してもらえないので、こんなものを作ってみた。

 このように、愛哀崩とマイクロマウスの競演だってできるのだ!

11/21(木)

 ベーシックマガジンの人がクラブの取材にきた。みんなスーツを来た紳士っぽい人たちで、俺の嫌いな無礼なヒゲカメラマンはいなかった。人が話している最中に「うーん。絵的にはここでひとつ女の子が欲しいなぁ」などと言い出すやつもいなかった。取材といえばそんなのばっかりだったのでうんざりしていたのだ。まともな記事にしてくれることを願う。
 取材後、スーパーで食べ物を買ってきて近所の公園で小宴会。それからVC++つづき。いままでは黄色い三角形を表示していたのを、小さなビットマップを使って表示することができるようになった。これは大変な進歩なのだが、普通の人にはそのことが伝わらないのが残念だ。

11/20(水)夜

 CG検定の勉強を大体終える。画像処理検定は無理でも、せめてCG検定片方だけでも受かりたいものだ。
 VC++プログラムで、RS-232Cケーブルを使って"Hello,World"を送受信するのに成功する。
 ニンジャ映画の世界に甲賀遠征記をアップする。

11/19(火)深夜

 「標準原色図鑑全集14 菌類 きのこ・かび」(保育社、昭和45年初版52年8刷)という本がある。渕野が古本屋で100円で手に入れてきたものだ。ただの図鑑だと思って見ていたら大間違いで、著者のカビ・キノコに対する熱いパッションの炸裂するすばらしい本だったのだ。図解と個々の菌類についての解説は、まあ普通である。しかし、巻末の文章は違う。
 のっけから飛ばす飛ばす。

 I.菌類は植物か?
 むかしから生物を植物と動物の二つに分けてきた。つまり生物=植物+動物である。(中略)科学が進み、いろいろなことがわかってくると、この幾千年もつづいてきた考え方に疑問を持つ人がだんだん多くなってきた。この疑問をいだかせる最大の根拠は、菌類には植物の代表的な特性である葉緑素がないということである。(中略)一方、植物にもナンバンギセルとかギンリョウソウとか、そのほか少なからぬ無葉緑素のものがある。これらの植物は植物の中では例外的なものであり、いわば片輪者である。しかし、菌類は決して片輪者でもなければ、例外的な生物でもない。・・・
 著者は毒キノコにあたって死ぬ人が絶えないことについて、非常に憤慨している。
 III.恐るべき迷信
 キノコ中毒をなくすためにはまず迷信をすてねばならない。
 茎が縦にさける:いちばん罪が深いのは”茎が縦にさけるキノコは食べられる”という迷信である。・・・(中略)
 ナスと煮れば中毒しない:とんでもない誤りである。キノコの毒成分を中和するような妙薬は一つもない。なぜならばキノコの毒成分はひといろやふたいろではなく、化学的に多種多様であるから。
 (中略)
 その他:”ナメクジや虫が食べているようなキノコは食べられる”などという人があるが、その人は”自分はナメクジや虫なみの人間です”といっているようなものである。
 (中略)あるキノコが食べられるか毒か、その毒性が致命的であるかどうかなどという知識は、実際に人間がたべてみないとわからない。また中毒事件を起こしやすいかそうでないかということも、多年の経験によらなければわからない。われわれが今もっている毒キノコについての知識は、このように幾千、幾万人をこえる先輩や祖先が命がけで体験してえた貴重な知識である。この知識をわれわれはぜったいにむだにしてはならないのであるが、実際は少しもそれを生かしていない。そして毎年、同じキノコで同じ中毒をくりかえしているのである。科学時代の非科学性といえよう。
 どんどん著者がヒートアップしていく様がよくでている、味のある文章である。ウルトラQとかに出てくる白ひげの博士みたいでかっこいいぞ。
 そのためには、各地にキノコを学ぶ人がふえて、キノコ中毒の原因を確かめることができるようになれば、これまで幾千年もかけて行われた貴重な人体実験でも生かしえなかった問題を、急速に解決することができるようになるはずである。それは日本人のしあわせに通じる課題でもある。・・・
 そういえば「非科学的」とか「迷信」とかいう言葉をさいきん使わなくなったような気がする。「この人工衛星が飛ぶ世の中に、つまらない迷信だね。まったく非科学的だ!」無知な大衆を啓蒙するとか、そういうのはもうはやらないのだろうか。

11/19(火)

 高橋がテトリスみたいなのを完成させる。非常に早い。しかし俺のパソコンでは重くて動かない。脱衣テトリスまでもう少しだ。
 前から気になっていた「音色食堂」に行ってみた。吉田寮の近所にあった丸ニ食堂みたいな食堂で、大学生の頃よく通った食堂に似ていた。安くてよかったのでまた行きたい。
 日曜日の朝、柔道部で二年下だった若林と駅で会った。眼鏡をかけていなかったのではじめ誰だかわからなかった。会社の寮が近所にあるんだとか。誰が結婚したとか誰が留学したとかいう話を聞く。みんな年をとったものだ。

11/18(月)

 一日中かかってようやくシミュレータのバグが取れた。結局仮想ウィンドウをWM_PAINTの中で作って、同じく中でdeleteすることで解決。楠本先生に感謝。
 新しいマシンの設計にとりかかる。8713より安くて便利そうな素子があるらしく、これを使うことにする。
 高橋がテトリスのブロックを落としたり回転させたりするのに成功する。
 東京遠征は失敗だったが、その後も人が多くて活動がますます盛んである。実に良いことである。やはり試合を生で見ると違うらしい。
 CG検定の勉強。難しい。

11/17(日)

 千林大宮の摂南大学で工事担任者総合種試験。デジタルの部分は勉強しなくてもわかるだろうと思ってほとんど手をつけていなかったのだが、おかげで間違いまくった。これは自信がない。一科目でも通っていてくれたらまあ良いとしたい。昼前に終わったので、久しぶりに一日中遊ぶ。

11/16(土)

 同じくバグとりを試みたがやっぱりうまくいかない。それだけではなんなので、WM_PAINTのなかでsleep(100)するのではなく、タイマを作ってWM_TIMERで描き直しを行うようにしてみた。
 工事担任者の試験勉強がつまらなくて進まない。

11/15(金)深夜

 ・・・と思っていたら、しばらく走らせたら画面がおかしくなるバグがあることがわかった。前のバージョンでさんざん悩まされたのと同じ症状だ。同じようにhBitをDeleteObjectしていないからかと思っていろいろ試したが、それだけではないようで、どうもうまくいかない。

11/15(金)夜

 高橋君が最近「ダブルバッファリング、ダブルバッファリング(Javaの技法で、アニメーションをなめらかに表示するための手法)」としきりに言っているのに触発されて、VC++のマイクロマウスシミュレータでも似たようなことができるはずだと思っていろいろ試していたのだが、それがようやく成功した。もう画面がちらちらしないぞ。

11/15(金)昼

 「美少女で なければただの 痛い人」
 宮崎駿のアニメなんかを見てたらよくそう思う。たとえばナウシカ。
 今、まさに蟲の大群に村が踏み潰されようとしている!この場合、とるべき手段は

  1. 逃げる。
  2. 巨神兵を使って蟲を焼き払う。
 の二つしかありえない。「私には蟲の心がわかるの!」などと言って(言ってないけど)「蟲を説得する」というのは、はっきり言ってアレな人の行動だ。堤防が決壊しそうなときするべきことは「避難する」か「堤防に土嚢を積んで補強する」であって、「祈る」なんかではない。
 ラナだってそうだ。今、人類は地球上のあちこちに離れ離れになってしまっている。太陽エネルギーの力でギガントを復活させて、その人たちを拾い集めにいくのが当然であろう。それをあのテレパシー女は「おじいさんの声が聞こえる」などというスレスレの発言を繰り返して邪魔しようとするのだ。痛い人でなくてなんであろうか!
 想像してみればいい。ガリガリで髪がくしゃくしゃで化粧っ気のない中年女が「私には蟲の心がわかる!」「おじいさんの声が聞こえる!」などと金切り声でわめきたてる様を。
 ところで、学校のOB(OG)たちの掲示板でこんな発言を見つけた。
月に1つしか書き込みのないBBSって問題ないですか?
投稿日 11月14日(木)12時46分 投稿者 誰でしょう?


おひさしぶりです。なんか寂しいですね、ここ。

ところで、学院祭の季節ですな〜。
まだやってるのかな盛り上がらない祭り・・・。
それとも、ひどかったのは1年だけだったのかしら。
私にとっては、悪夢の日々でしたが、15年たった今となっては、
やっぱ、悪夢かしら・・・。

話は変わりますが、先日地下鉄で何かを拾ってしまったようで、
どうも体調が思わしくなく、おまけに”見える・・・”様になってしまったのです。
20年くらい前には、そんな時期もあったのですが、このごろなかったので困惑しています。
ほんとにそうかどうかのわからないし、なんか確認する方法ってあります?
たしか、そういうことってナカノさん詳しかったよね。
暇だっら、レスお願いします。
 「ほんとにそう」な訳ないだろ。確認するより先に病院に行けー!!

11/14(木)

 明け方寝ようとして布団の横の缶を転がしたら中身がいっぱい入っていて、布団がビールだらけになってしまった。
 昼前に起きて半年ぶりに布団を干したり、シーツを洗ったり、歯医者に行ったり、掃除をしたり、家賃を払いにいったりした。ほとんど学校にばかりいたので、こういうことをするのは久しぶりだ。
 夕方布団に入って本を読んでいたら暖かくて気持ちがいいのでそのまま眠ってしまい、起きたら21時ごろだった。パソコンにjcpadを入れたりした。

11/13(水)

 部室にむやみに人がいた。愛哀崩2のためのJavaプログラム開発を高橋君がしていて、それを横で見ていた。今度はテトリスだ。テトリスのブロックは7通りで、方向が4通りある。何もない部分の属性が「0」、落ちている最中のブロックの属性が「1」、固定状態のが「2」であるということにすれば作りやすい。フィールドは10×18の2次元配列で表せるから、それぞれに属性を与える。フィールドを構成するます目をCell[i][j]とあらわすことにする([0][0]は左下)と、ブロックが落ちてきて下につくまでは次のようにあらわせる。
if(i > 0 && Cell[i - 1][j].zokusei != 2){ i--; }
else{ Cell[i][j].zokusei = 2;}
 いや、これではブロックの塊の属性をいっせいに「2」にすることにならないから、もっとうまくする必要がある、等等。真面目な顔をして話していても、けっきょく脱衣のためなんだけどね。

11/12(火)

 マイクロマウスのレポートを書いたりニンジャの更新をしたりした。あとJavaとか。マウスのことでほったらかしになっていたことがたくさんあるので、とりあえず追いつかないといけない。マウスについてもいろいろ構想はあるし、試験勉強もある。シミュレータの続きも作らねばならない。
 これだけではなんなので、最近あったことを書こう。
●近所のスーパーに渕野君に自転車を借りて行った(正確には風呂に行くついでに寄った)のだが、店の前に自転車を止めようとしていると、むこうから只者ではない形相の男が走ってきた。写真家の荒木経惟みたいなサングラスを夜なのにかけている。俺に用なのかなと思っていたら、男は近くにたくさん止めてあった自転車を猛烈な勢いで次々に蹴り倒し、「なんか文句あんのか?」とでもいうような目でこっちをにらんでから自分の自転車に乗って去っていった。
●11月祭のとき、ずっと何かつぶやきながら階段のまわりをぐるぐる回っている人がいた。ときどき窓にぶつかって軌道修正していたのが印象的だった。

11/11(月)

 授業に出ていてもどうもしんどいので、部会に出てから17時ごろから寝た。

11/10(日)

 夕方まで寝て、久しぶりに懐かしい人に会いに行った。駅の近くの駐車場で、しましまの猫一匹と、その子供らしい白い猫二匹(あわせて三匹)が寄ってきた。餌をくれるかと思ったらしい。もう遅いし次の日月曜なのですぐに帰ってきた。夜はまた早めに寝た。

11/9(土)

 マイクロマウス2002が東京の科学技術館であった。
 香田の家の近所を通ったりして、科学技術館には7時ごろついた。まだ早いのでデニーズで朝食。卵の焼き方とかいろいろ聞いてくるのでうるさかった。8時ごろ会場に行くと澤さんがいたのでいろいろ喋った。8時半から受付で、ちょっと調整したが問題なく動くようだった。電源がおかしくならなければゴールに入ることはできるはずだ。
 あんまりよく覚えていない。西庄機は左右修正を書いていなかったので、しばらくゆっくりと動いて壁にずるずるとぶつかってリタイヤ。
 俺のやつはエキスパートの18番だった。はじめのうちはきれいな動きだった。しかし、迷路の4分の3ぐらいを走ったあたりから取りこぼしや進みすぎが出てきた。結局ゴールの手前でぶつかって意味のない動きをしているうちに「ビー」とゴールに着いたつもりのブザーがなった。途中で止めるスイッチを作っていなかったので、もったいないがリセット。
 2回目以降は動作が明らかにおかしかった。一区画以上急に進んだりするのだ。ほとんど進めないのが4回続き、リタイヤという結果になった。
 原因ははっきりしている。センサを増やしたためレギュレータが持たなかったのだ。
 苦手なWindowsやC++の勉強をして、シミュレータまで作って探索や最短経路の計算の研究を進め、H8の勉強もして、彼女にも会わず眠りもせず、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んでがんばってきた「つもり」だったのだが、完走すらできなかった。まったく、努力しなければ報われないが、努力しても報われるとは限らない。
 渕野機が迷路を一周したが、それ以上のルーチンを作っていなかったのでそこでリタイヤ。吉田が都合により棄権したのでこれでチームとしては全滅となった。
 ほかにも気分の悪い出来事があったのだが、私事なので書かない。(その「私事」が原因で一時期H8とかマウスをいじるのが嫌で嫌でしかたなかった時期があり、それが作成の大きな遅れの原因になっていたのだが)
 とにかく、いろんな人たちの協力・援助・応援を受けて出発したのに結果が残せなかったというのは恥ずかしく、また申し訳ないことだった。

 科学技術館には宇宙食なども売っていたが、余裕がなくて買えなかった。15時ごろに撤収し、澤さんに案内して頂いて秋葉原を回った。車が混んで大変だった。運転していた人に感謝。けっこうあちこち回って、参考になった。その後国会議事堂の前を通ったり香田の家に行ったりしたのだが、ほとんどの人はずっと寝ていた。
 高速道路では「おっぱいプリン」「味噌キャラメル」「柿ドリンク」といったものを購入。渕野君がしばらく運転したりしたが、大雨の中飛ばしまくるので危なかった。部室には4時過ぎについた。その後車で京都駅まで送ってもらい、実家に帰り着いたのは7時ごろだった。疲れた。 11/8(金)

 朝、放熱板をエアロみたいな形に改造していただく。動作が安定しているのを確認したので、もうこれ以上いじらないことにした。夕方ちょっと眠る。22時ごろ出発。メンバーは俺、西庄、渕野、山本、武内、香田、梅谷、桑原、古賀の9人という大部隊である。(車を借りてきてくれたり(山本)、カメラを貸してくれたり(武内)東京の道を案内(香田)した皆様ありがとうございました)車は10人乗りのハイエースである。今回は俺も少々運転した。久しぶりなので緊張した。車の中ではポンチャックをかけたりしたが、しばらくしたらみんな寝ていた。東京には明け方着いた。

11/8(金)明け方

 もうこれ以上いじらないで寝るつもりだったのに、またも電源のせいで異常動作が起きたので寝られなくなってしまった。ちょっとややこしい思考を行う部分でCPUが落ちたりするのだ。そんなとき電圧を測ってみると4.2ボルトとか3.8ボルトなどという変な数値になっている。スイッチを切ってしばらく冷やすとしばらくは良くなる。原因はわかっている。電流が多すぎるので三端子レギュレータがいかれてしまったのだ。センサの赤外線LEDには、一つにつき100ミリアンペア流れている。これが14個なのでつまり1.4アンペアだ。この間まではセンサが4つ少なかったのでそれほど問題にはならなかったのだが、増やしたらものすごく問題になってきた。11月祭の1日目までは一度も壊れなかったのに、2日目からいままでこれでレギュレータを換えるのは5回目だ。
 先生の提案で、レギュレータは壊れるものとあきらめて、抜き差しがしやすいようにソケット式にするという変更を行った。ためしに走らせてみたら元のいい走りに戻った。
 どうしてこう直前になると不思議な現象が起きるのか?去年はCPUがいきなり発熱してROMが飛んでしまうという怪現象が3度も起きた。今年は電源だけですんでほしいものだ。
 ハードはいろいろな原因で変になるので非常に困る。プログラムは一回バグが取れればもう変になることはないのに。
 そういえば久しぶりにシミュレータのプログラムを見直していたらバグが二つも見つかった。半年もやっているのにまだバグがあるというのか!!しかし足立法が間違っているのではなくて、Windowsの表示のところのバグだったのでまあよかった。
 はやく終わってJavaをやりたい。

11/7(木)昼

 テストしてみたらセンサの誤動作が頻繁に起きるので「やばい!」と焦ったが、ブラインドをおろすと大丈夫になった。いつも夜実験しているので、外の光線がセンサに影響を与えることを忘れていたのだ。会場でもテストをする必要があるな。

11/6(水)

 修正動作に手を加えて、大体行って帰ってくるだけなら確実にできるようになった。しかし2回目のタイムトライアルになると怪しくなる。それでもまあ、大分ましだ。一区画ごとに止まらないプログラムはあきらめる。もう時間がない。

11/6(水)夕

 見つけた!
 2ちゃんねる「半角二次元掲示板」「ブロック崩し Part5」スレッド http://pink.bbspink.com/test/read.cgi/ascii2d/1035377424/l50 より

78 :名無したん(;´Д`)ハァハァ :02/11/05 10:31 ID:ucb5Nh6K
ttp://www93.sakura.ne.jp/~suzuneko/yusumi/yusumi.html
ttp://isweb46.infoseek.co.jp/play/artdink/pastelblock/pastelblock.htm
新作2つ
ttp://isweb40.infoseek.co.jp/play/neojr/top.shtml

11/6(水)朝

 高さ調整がうまくいっていずズリズリと音がするのでカグスベールはりかえ。とても滑らかに動くようになった。滑らか過ぎて少々滑りすぎるようだ。4時ごろから1時間ほど仮眠を取るとすっきりした。
 高橋・多賀といったメンバーがJavaで五目並べとかいろいろ作っている。人がしていることは自分もしたくなる。試合が終わったらなにか絵がちらちらするプログラムでも作ろう。Javaは一学期にとっていないのでどうせ勉強しなければならないし。

11/5(火)

 風邪ますますひどい。先生のすすめで90度回転を遅くしてみたところ、動きが劇的に良くなった。どうも滑っていたらしい。ついでにレギュレータも差し替えることにする。タイムトライアルのためにノンストップ走行のプログラムも書き始めたのだが、間に合わないようならあきらめることにする。とにかく遅くても完走することが第一である。
 高橋君の「愛哀崩」のページに異変が起きている。詳しいことはそのうち報告するが、バブルが起きているのだ。昨日カウンタが140人ぐらいだったのに、今日の10時ごろから現在(22時半)までの間に160人以上が来ている。いったい何がどこで起こっているのか?

11/4(月)

 振替休日のため学校休み。変な音を発し始め、マシンがちゃんと動かなくなってきた。電圧をはかると4.2ボルトぐらいしかない。三端子レギュレータがおかしくなってきたらしい。やっぱりセンサ常時点灯で1.4アンペアを流しつづけるのは無理があったようだ。差し替え作業、素子がはじめから(一回逆ざししたから?)壊れていたりして手間取る。これも定格外なのですぐ壊れそうだ。たまらん。動きもまだ十分ではない。
 風邪がひどくなってきて苦しい。11月祭のあと気が抜けてしまったようだ。

11/3(日)

 この段階でまだバグがぽろぽろ出てくるのには参る。前後補正のバグを取って、「行き過ぎ」がなくなった。パラメータの計算まちがいだ。ゴールして戻ってくるのがより高確率になったが、それでもまだ90度回転が続くところでぶつかることが多い。まだバグがあるらしい。
 だいぶ動きが安定してきたので、今度はスピードアップを図って「界王拳3倍」に挑戦してみたが、タイヤが滑ってしまって制御しきれない。2.5倍でも同じだった。2倍が限度のようだ。
 センサははじめから六つにしておけばもっと確実に動くのが作れた。電池は単四にすればもっと軽い。CPUもTinyを使いたい。もっと薄いモータにしたい。センサが横に張り出しているとモーメントが大きいから、横センサにしたい。タイヤのゴムをもっとグリップの強いものにしたい。
 ソフトがうまく動くようになると、今度はハードのほうが足りなくなってくる。左手法で走ることを考えると、電池は単三でないと足らなかったが、足立法で走れるようになったから、電池は単四で足りる。H8は使ったことがなかったから簡単な3048Fにしたが、あんなにいろんな機能はいらないことがわかったから、小さいやつでも足りそうである。前はわからないことが多すぎて横センサの研究まで手が回らなかったが、こんどはそれに集中できそうである。いままではそもそも高速回転ができなかったから、グリップ力のことはあまり問題にならなかったが、今後はそのことが問題になる。とにかくもっとずっと小さく、軽くしなければならない。
 2000年にはじめて作った「零号機」は、アルミフレームをふんだんに使い、田宮のラジコン用電池を2本積んだ巨大なものだった。大きさは制限いっぱいで、重さは2キロ以上あって、大電力で驀進した。それを元に作った「肉弾時代」はセンサ部分が張り出していたのを基板の上に積み上げ、少しはバランスよくなったが、それでもかなりの大きさだった。2001年にこれをまた改造した「肉弾時代改」はCPU・センサ・モータ回路を一枚の基板に集め、アルミ板にも穴をあけてかなり小さくなったが、それでもまだ十分ではなかった。軽いセンサを日本橋で発見してから、かなり状況が変化した。今までは重いセンサを支えるためにしっかりした素材を使わねばならなかったのでさらに重くなっていたが、これがなくなった。技術がより進歩して、もっと小さい基板にすべてが載せられるようになった。アルミをガラスエポキシ板に変えるなど、いろんな工夫もした。そうしてできたのが「肉弾人生」である。このときはZ80アセンブラを使って書いたので、あまり難しいこと(迷路探索とか、最短経路計算など)は書けなかったし、CPUが何を考えているのか見るのが難しかった。それでも一応完走はできたので、ハード面の問題はだいたいなんとかなったと考え、2002年はソフトに重点を置くことにした。そこでシミュレータを作り、ここでいろんな探索アルゴリズムの実験を行って、だいたい一通りわかったのでこれをH8に移植したが、今度はマシンが思ったとおりに動かないというのに悩まされている。いつまでたってもきりがない。たぶんもっといい機体が作れるようになったら、それに見合ったソフト(スピードが速くなるといろいろ不思議な現象が起きるようになる。それ以外にもスラロームとか斜め走行を実現するにはどうしたらよいかなど、問題はいくらでもある)が作れないということに悩まされるのだろう。

11/3(日)夕

 ネットが復旧した。結局あまりにも前の配線がごちゃごちゃしているので、I/Oのつなぎかえはあきらめた。すごい雨が降って寒くなってきた。

11/3(日)昼

 二日酔いで頭が痛い。マウスのプログラムをわかりやすくするため、左右別々のI/Oポートにつなぎかえることにする。というわけで今設計中である。
 学祭の影響か、学外のサーバにつなげなくなっているので、大変不便である。

11/2(土)

 向こうについてプログラムのバグに気づき、それを書き直してからデータ転送ケーブルを忘れたことに気づく。バスがなかなか来なくて、取りに帰って戻ったら12時を過ぎてしまった。聞くところでは11時半ごろ懇談会の終わった父兄がたくさん来たとか。一応走ってはいたらしいが、不本意なことではある。俺がいない間に高橋・西庄が女装コンテストに出て、優勝していた。ビデオで見たんだが、ほかの出場者があまりにもひどくて(とくにKCGアニメ同好会(検索して探してください)「ムーンストーンの指輪」のあの人は「これは女装コンテストではなかったのか?」という根本的な問いかけをわれわれに対して投げかけてくるものだった)とりあえず印象に残るのはあの二人のやつだけだったのだ。ちなみに何をやっていたかというと、トンファーを投げる、ルートビアをまき散らす、うまい棒をばらまく、うまい棒を食べるなどということだった。とにかく優勝できたことはめでたいことだ。フォトコンテストでは香田が優勝し、ホームページコンテストでは俺が準優勝だった。(「工事中」だらけのページで優勝した人は学校にいなかったのでどんなやつだったかは見られず。ホームページコンテストで「愛哀崩」が選ばれなかったところにある種の謀略を感じる。洛北の学生が「愛哀崩」と「ニンジャ」ばかり投票するので、組織票ではないのか?というものいいがついたらしい。ただほかのページがつまらなすぎるだけなんだが)フィーリングカップル以外のすべてのイベントに参加し、それなりの成績を残せたので、CINCSが割とちゃんとした組織であることを示せたし、洛北差別を減らすのにも貢献できたかと思う。とにかく参加者にとっては大変面白い学祭だった。帰るまえに足を引っ掛けてセンサをまた折ったやつがいて、たまらんなと思ったが、帰ってから接着剤でつけたら直った。つぎはぎだらけだ。
 荷物を持って帰ってから小宴会を開き、帰って寝た。さすがに長い間起きすぎた。いつもそうだが、体力を温存しておかないといけないと思ってもついつい力の限り遊んでしまう。

11/2(土)朝8時

 どうしてもマウスが壁にぶつかってしまうので、徹夜で調整。結局ソフトをいくらいじっても問題が解決しないので、センサを4つ増やすことにした。この作業に思ったより手間取り、完成したのは朝の6時だった。テスト後ソフトを書き、7時半ごろいちおういけそうだということになったときにマシンを床に落としてセンサモジュールを折ってしまうというアクシデント。神はどこまで試練を与えたもうのか。幸いきれいに折れたので継ぎをあてて復旧に成功。ではこれから駅前校に行ってきます。

11/1(金)

 駅前校で11月祭。いつもなら秘蔵VTR上映会をするところだが、今年は趣を変えてマイクロマウスの展示(デモンストレーション)、妙法中継の展示、Javaのプログラムの展示、絵はがき・写真・せっけん売り、イラストの展示、古本の販売など行う。いったい何のクラブかわからないが、やっていることを全部展示したらこうなった。一般にはわりと好評だったようだ。
 激辛カレー早食い、アームレスリングに参加。その他ニンジャ映画の世界をホームページコンテストに出品。CINCSからはホームページコンテスト(高橋・不死川)・フォトコンテスト(武内・香田)・カレー(西庄・渕野・不死川・桑原)・アームレスリング(不死川)と、フィーリングカップル以外すべての企画に参加したことになる。つい遊び狂ってしまった。