2002年9月の記録
9/30(月)

 おっさんを大勢水に沈めて溺れさせているシーンを夢に見た。「野望の王国」みたいだ。最近夢見が悪い。歯が痛いからかもしれない。
 前後位置修正プログラムについて考える。ちょっと試験勉強も、無駄な気もするが。
 頭がぼんやりしてあまり進まなかった。明日から学校なので気が重い。「テンプル騎士団の謎」読みかけ。

9/29(日)

 「亜空間要塞」「亜空間要塞の逆襲」読み返す。
 三条の本屋で、ちょっと動きの怪しい女がいたので気になっていた。メガネがずれていて、目を見開いて何かぶつくさ言っている若いのか年が行っているのかわからない女だった。女はレジの横に置いてある「銀河鉄道999」の絵が書いてあるはがきを取ろうとして落としてしまい、
 「うわああああ!!」
 とすごい声をあげた。
 ああ、やっぱりな、と思った。

9/28(土)

 武田らと甲南の「甲賀流忍術屋敷」に行った。駅に降りたときはあまりの田舎ぶりに不安になったものだが、屋敷自体はかなりすばらしいものだった。詳しいことは「ニンジャ映画の世界」に書くであろう。
 屋敷の隣の店で「忍者うどん」を食べたのだが、別に忍者とは関係なかった。これが非常にうまいもので、今年に入ってから食べたうどんの中でナンバー1であった。
 自転車(駅の近くで自転車を借りた)置き場の近くの公衆トイレの前に、怪しいおっさんがいた。俺はよく見ていなかったのだが、どうもミニスカートで足の毛をそっていたらしい。田舎にもいるんだなこういう人。
 夜大阪でサムギョプサルを食べた。よくわかった店で、チシャやごまの葉や生ニンニクや唐辛子が大量についてきて、これまた非常に満足した。野菜が適当な店が多いからね。

9/27(金)

 郵便局に金を払いに行ったり、いろいろした。
 15時半から駅前校に用があったので、ちょっと早く出て歩いていった。途中気になっていた「晴明神社」に行くことができたが、本当にただの神社で、建物も新品だった。前からただの神社やで、とは聞いていたのだが、予想以上になにもないところだったのでむしろ満足した。客はけっこういて、修学旅行らしい中学生たちがじゃれていたり、OLらしい女の集団がいたりした。
 この日は音楽会ということで、クラシックの歌手の人が学校に来ていた。おっさんが気取った様子で歌ったり花をささげたりしていたのがよかった。(ドニゼッティ「愛の妙薬」より「美しいパリスのように」)
 「黄金仮面」読み終わる。

9/26(木)

 部室の模様替え続き。本棚を片付け、別の本棚を入れる、等等。かなり見栄えがよくなった。
 俺はよく知らないのだが、「思春期デカ」というコントがあるらしくて、西庄が一生懸命その紹介をしていた。
 「今日は、拳銃の撃ち方を教える」
 「はい」
 「まず、タマを」
 「タマ!!
 「この穴に」
 「アナ!!
 「入れる」
 「入れる!!
 とこういう具合に、頭の中がそういうことで一杯な刑事が出てくるんだと。
 で、しばらく皆で真似していたのだが、ものを運んだり板を切ったりしまくって疲れてくると、だんだんテンションがおかしくなっていった。
 「パソコンの」
 「パソコン!!」
 「ケースに」
 「ケース!!」
 「ドリルで」
 「ドリル!!」
 「穴を」
 「アナ!!」
 「あける」
 「あける!!」
 もはや何が面白いのかさえわからない。
 そのうち
 「アウーウアーオウー」
 「ウアーアーアー」
 と吠えるだけの「チューバッカごっこ」(注:チューバッカとは「スターウォーズ」に出てきた獣人の名前である)がはじまったり、「イルカのまね」(「キュウキュウ」と鳴くだけ)がはじまったりして、部室はまさに珍獣動物園と化したのだった。

9/26(木)昼

 歯医者に行く。痛かったり変な味がしたり痺れたりして非常に苦しかった。麻酔の液をだいぶ飲んでしまった。あとでのどが痺れていたのが気持ち悪い。

9/25(水)

 朝、駅前校の「講演会」で怪しい中国人のバブリーな話を聞く。要するに「中国はすごいから投資してね」ということだった。「2005年の中国のインターネット人口は2億人になる予測」「中国が世界の半導体工場になる予測」等等15年ぐらい前の日本で聞いたような景気のよすぎる話が連発される。どうもうさん臭い。
 夕方履修登録の確定用紙をもらう。教科書は売り切れで買えず。
 電源ケーブルの配置換え、土俵の移動、LANケーブルの配置換えなど。

9/24(火)

 25日の朝に駅前校に行くことになっていたのだが、間違えてこの日に行ってしまった。しばらくして間違いに気づき、洛北に帰った。
 バスに乗るのもしゃくだったので、堀川通りから歩いて帰った。八条堀川から下鴨本通り北大路までだからとても遠かった。途中、二条城があったので入ってみた。昔から気になっていたところだ。
 むさくるしい男子高校生の大集団が来ていてうっとうしかった。廊下を歩くとキコキコという音がした。うぐいす張りというんだそうだ。うぐいす張りというと優雅な感じがするが、踏んだら音がするという点ではブーブークッションと同じだ。忍び足で歩いても音がするかどうか試そうとしたのだが、例の大集団が後ろからどやどやと来て「キコキコキコキコ」と音をさせまくったのでよくわからなかった。
 天守閣もないし弱そうな城だな、と思っていたのだが、それは雷のせいで焼けてしまったのだそうである。ちゃんと内堀もあるし、もともとはちゃんとした城だったらしい。城の中をうろうろしてから外に出た。
 松屋で昼食を取ったりしながら、北に向かって歩いた。晴明神社にもよりたかったのだが、どこにあるかよくわからなかったのでやめた。結局下宿には12時過ぎについた。寄り道しなければ2時間ぐらいでついたのではないだろうか。
 洗濯をしていると、西庄から電話があって、大変なことがおこったという。半田ごてのために部室が火事になりかけたというのだ。誰もいないのに半田ごてだけがついていて、線が溶けたりして大変危険な状態だったらしい。火事にならなくて本当によかった。
 始末書を作成して提出し、今後事故を起こさないための対策をたてることになった。たいへんに怒られたうえ、部室の中のものをかなり移動したりしたので、朝いらんことをしたりしたこともあって疲れきってしまった。

9/23(月)

 天保山に猫をさわりに行った。ウサギを飼っている人の話をしていたら、ちょうどその話していた人が現れたのでびっくりした。「自由軒」があったのでカレーを食いに行った。休みで人が多かったためかずいぶん待たされて、ようやく入ったら相席でよろしいですかと言われた。行ってみると「あっ!!」と言いたくなるような危険な香りに満ちた男が座っていた。そいつは一人で、変な上目づかいでこっちをちらちら見た。そして、思ったとおりなんとなく「ねちょっ」とした声で話しかけてきた。「わし70分待ってんけどけっこう待ったぁ?」適当に受け流してあとは目が合わないようにしていた。男は卵をスプーンの先だけでくちゅくちゅとかきまわしていた。そして、やっぱりスプーンの先だけでぴちゃぴちゃとカレーを食べていた。時々そちらのほうを見ると、男は頭を低くして変な上目づかいでこちらをうかがっていた。
 ためしにそこからバスに乗って梅田まで行ってみたのだが、遠かった。(正確に表現すると、距離は同じなので「時間がかかった」ということである。)地下鉄のほうがよかった。梅田でコインゲームをして帰った。

9/22(日)

 相撲ロボット大会に行く。JRで京都から1時間半ぐらいでつくので、意外と近い。去年の会場までは3時間かかった。場所は堺の堺工業高校で、JR百舌鳥駅の近くである。途中仁徳天皇陵がある。仁徳天皇陵は上空から見たら鍵穴みたいな形をしているらしいが、下から見てもただの小山にしか見えなかった。ナスカの地上絵のことを「あれは上空から見ないと絵をかいているとはわからない。だからあれは宇宙人との交信のために作られたのだ!」なんて言う人がいるが、その論理で行くと仁徳天皇陵も宇宙人との交信のために作られたといわねばならぬ。
 電車の中にすでに「あれ」な人がちらほら見受けられたが、会場に近づくにつれその密度が高くなっていき、会場ではほぼ100パーセントが「あれ」な人であった。
 桑原のマシンだが、いきなり後ろ向きに走り出して墜落したり、5秒たたないうちに発進したりしてどうしようもなかった。おそらく(というか確実に)プログラムのバグである。いちおう「マイコンの制御により4つのタイヤを動かす」ところまではできたので、まったくどうしようもないというわけではなかったのだが、以前の自信に満ちた語り口とこの結果にはかなりの落差がある。筐体が完成しても電子回路ができていなくてはただの箱でしかない。電子回路は、電源回路・CPU回路・モータドライブ回路・センサ回路すべてにバグがなくて、しかも正確に接続されていなくてはならない。たとえ電子回路ができていてもプログラムがなければやっぱりただの箱である。プログラムを書くときもコンパイラによってC言語の作法が違うので、いろいろな試行錯誤をしなくてはならない。文法が正確でも、論理的に間違っていては仕方がない。また、実際のマシンがどう動くかはすべてを合体させてみないとわからない。タイヤの滑り方とか、電池の減り方とか、調べなければならないことはいくらでもある。他にも予想もしなかったようなエラーが次々に起こる。(たとえばリセットボタンをきちんと作らないとプログラム転送ができない、とか、ある電源を使うとプログラム転送がうまくいかない、ということがあった。)
 初めてすることがうまくいかないのは当然である。だから、はじめは我慢して退屈な研究を重ね、何度も試行錯誤を重ねていかなければならない。今回の失敗は初めてのことだらけであるにもかかわらず、研究とか試行錯誤とかいうことを軽視した結果であった。
 さて、他の試合だが、今年もやっぱり「ロボッ○相撲愛好○」(検索で引っかかるといやなので、一部伏字にする)が荒らしまくっていた。去年見た人たちが今年も大騒ぎしていた。勝ったときは大騒ぎして喜ぶくせに、負けたときは「25センチ超えとるやないか!」などと口汚く相手をののしったりするので、あまり見ていて気持ちよいものではなかった。京産大とかの柔道の試合を思い出す。(「おうおうおうおう」とか。わからない人は気にしないでよい。)知ったようなことをいう人は「勝負にかける執念が、云々」などということをいうのだろうが。
 会場はすごい人だかりで、やはりというか変な人も何人かいた。一番怪しかったのは帽子をかぶった貧相な男で、なんだかくねくねした動きで、会場をしのび足でうろうろしてはその辺に置いてある他人のロボットをじーっと眺めてまわるやつだった。あまりにも怪しいので、置き引きじゃないかと思ってしばらく観察していたのだが、ただ持ち主のいないロボットをじろじろ眺めて回っているだけだった。あとは脚(三脚じゃなくて一本足の台をつけていた)を振り回すので危ないカメラおやじ。こいつは会場でフラッシュをたいたりした。(フラッシュはロボットの動きを狂わせる恐れがあるので禁止されている)
 帰り道、自転車博物館というのがあったので表に置いてあった昔の自転車の模型に乗って遊んだりした。また、仁徳天皇陵のちかくでは犬の糞を西庄につかませようとしたり、サンガリアの「ひやしあめ」を飲んだりした。
 他の者たちは京都に戻ったが、俺は大阪で別れて実家に帰った。疲れきっていたので、泥のように眠った。

9/22(日)朝

 今7時半である。布団をかぶらずに教室で寝ていたので、冷え切ってしまった。これから仁徳天皇陵の近所に行く。

9/21(土)夜

 相撲ロボット、桑原がプログラム転送するとうまくいかないのに俺がやるとうまくいく。どうも電源が違うせいらしいが、それがわかったのは夜中になってからである。
 桑原は「えー!?」なんて言っていたが、考えてみれば俺は同じようなことで3日以上費やしたんだし、C言語で動くプログラムを書く方法を確立するのにも何日もかけている。CAD用の3048Fの部品だって半日かけて作ったのは俺だし、部室にある参考書は全部俺が買ってきたものだ。そのくらいで悲鳴をあげられてたまるものか。

9/20(金)夜

 桑原のロボット相撲の試合が近いので、鋼鉄の土俵をJ教室から部室までみんなで運んだ。重かった。

文体について
 文体は重要である。昔「秘密曼荼羅学院白蓮華」(同人誌の名前)を作ったときは、いろいろ試行錯誤したあげく、柳田國男の「遠野物語」の文体を盗んでようやくうまくいった。それまでにもいろいろ作りかけてはいたのだが、うまい文体を確立できなくて挫折していたのだ。
 内容さえはっきりしていればどんな書き方でもいいではないか、と思うかもしれない。しかし、それは間違っている。たとえば数学の問題の証明だって文章には違いないが、決まった形式にのっとって書かないとうまく表現することはできない。
 たとえば、こんな感じである。

(問題)すべての3桁の正の整数について、各桁の数字の合計が3の倍数になるとき、その数字は3の倍数になることを示せ。
(解答)任意の3桁の正の整数xについて、100の位の数字をa、10の位の数字をb、1の位の数字をcとする。(a,b,cは整数)
 x=100a+10b+c・・・・(1)
 である。
 a+b+c=3n(nは正の整数)とすると、
 a=3n−b−cである。
 これを(1)に代入すると
 x=100(3n−b−c)+10b+c
  =300n−90b−99c
  =3(100n−30b−33c)となる。
 100nと30bと33cはすべて整数であるから、100n−30b−33cも整数である。
 ゆえに、xは3の倍数である。
 xは任意の3桁の整数であるから、すべての3桁の正の整数について、各桁の数字の合計が3の倍数になるとき、その数字は3の倍数になることが示された。(証明終わり)
 これを「おもしろおかしく」書いたり、「悲壮な決意をみなぎらせて」書いたりするのは難しいと思う。
 さて、俺もテキスト系サイトを作るぞ、と意気込んではいるんだが、なかなかそのための文体を確立することができないので困っている。とりあえず今日はひとの文体を真似て遊ぶことにしよう。
 以前、水族館に行ったとき、クリオネを見てひどくしょぼかったことがあった。俺のいつもの文体ならこうなるだろう。

 クリオネはしょぼかった。クリオネは和名をハダカカメガイという。「流氷の天使クリオネ」なんていうからもっともらしいが、しょせんハダカカメガイである。小さな水槽の中を、あかい貝がぴこぴこ泳いでいただけだった。コピーは重要だ。
 以前クリオネがはやった時、俺の友達の友達はこれを見るためにわざわざ海遊館で30分も並んだんだそうだ。サギや、と思ったらしい。

 これはtana-yの書き方ならこうなるだろう。

水族館にクリオネを見に行った。

「流氷の天使クリオネ」なんてロマンチックなコピーがあったから期待していたのに、実際には小さな水槽で赤い貝がぴこぴこ動いていただけだった。

よく見たら説明書きに「和名:ハダカカメガイ」とあった。ハダカカメガイだったら期待しなかったのに。サギだ。

 江戸川乱歩ならこうか。

 かつて、人びとのあいだで、クリオネという動物がたいそうもてはやされたことがありました。人びとの口の端に、クリオネの名がのぼらぬ日はないほどでした。
 わたしは、クリオネというものをはじめてみるまで、とても期待しておりました。
 「流氷の天使クリオネ」!なんというロマンチックなひびきでしょう。きっととびきりすてきなすがたの動物にちがいないのです。しかし、水族館に出向いたわたしの期待は、むざんにもうちくだかれてしまったのです。
 ああ、なんということでしょう。クリオネとは、ハダカカメガイという、ただの貝にすぎなかったのです。小さな水槽のまえで、わたしはぼう然としておりました。

 K本さんならこうなるだろう。
水族館にクリオネを見に行く.
なんちゅうか、ただの貝ですな.

 あー、ぜんぜん参考にならん!

9/20(金)昼

 「影男」「蜘蛛男」読み終わる。「虹男」というのもあるらしい。
 「影男」は、影男のゆかいな暮らしをさんざん描いたのち、突然明智小五郎があらわれて終わるといういいかげんな作品である。そういえば映画の「恐怖奇形人間」でも、突然現れた明智小五郎がいきなり話を終わらせていた。(で、一部で有名な「花火」のシーンになる。)
 突然話は飛ぶが、少年探偵団シリーズの文体はいつ読んでもいい味出してるなあ。
「『アッ、明智先生、賊です、賊です。』」
「ああ、なんということでしょう。せっかくとらえた賊は、血のかよった人間ではなくて、ろう細工の人形だったのです。」
「その賊は二十のまったくちがった顔を持っているといわれていました。つまり、変装がとびきりじょうずなのです。」
 とびきりってのがいいね。

9/19(木)夕

 麻酔が切れたらだんだん痛くなってきた。次は土曜日である。
 マウス、理論値の半分ぐらいの距離動いて止まってしまうというバグがあったのだが、二重に回数を数えるという間違いを発見し、修正。「前センサ反応したら90度回転」に成功。

9/19(木)昼

 朝ちょっとPC配線の手伝いの後、歯医者へ。歯を削って中に薬を入れてセメントでふたをする、という手術。医者はジジイで、弟子の学生?の女が手伝いをしているのだが、人の頭の上で「はやく。はやく練る。あーそんなパサパサにしたらあかん!こんなん使われへん!!ほんとになにをさしてもだめですな」という会話をしないでほしい。そういうわけで今口が麻酔でしびれている。気持ち悪い。

9/18(水)夜

 ボタンを押すと「台形加減速で一区画前進・一時停止」を繰り返すプログラムができた。きのう作っていたのとほとんど変わらないはずなのに、なぜきのうのが駄目で今日のが動くのかまったくわからない。次は「センサ入力テスト」「センサ入力による軌道修正」「センサ入力により軌道修正しつつ一区画前進」の順で進めていく。

9/18(水)夕

 学校の機材搬入の手伝い。
 入出力(スイッチとモニタLED・ブザー)の試験プログラムがようやくちゃんと動いた。スイッチを前まで(AKI80の時)と同じように作り直したほか、線が一つずつずれていて修正に時間がかかった。あと!(論理否定)と~(1の補数)を間違えて使っていて気づかなかったりもした。こういうつまらんところで意外に時間を取ってしまう。
 神社に行くと絵馬を見てしまうのだが、この間見たやつにはこんなのがあった。
「再びここに参拝させて頂いて有難うございます(中略。とにかくぎっしり)そして私のまわりの悪意ある人たちがいなくなりますよう」
「いつも一緒に
 まちがいました
 だいたいぎっしり書いているやつは異常なのが多いように感じた。「一諸」は他にもけっこう多かった。

9/18(水)昼

 加速減速できるようになったのだが、一時停止がなぜかできない。あとスイッチの部分がなんかおかしい。
 歯医者に通いはじめる。
 この間電車に乗っていたとき、おっさんが携帯電話で大声で喋っているのを見た。
「人権問題で訴えるで」
「九州に五つ工場があんねんけどな」
「こっちかて喧嘩売られたら買わなしゃあない」
「弁護士に相談する」
「あんな人やめさすなんてアホやなてみんな笑ってるで」
 などということを必死で言っていた。どうも自分の手下?が相手の会社から解雇されて文句を言っているらしかった。おっさんが興奮して盛りあがってくるたびにトンネルに入って話が中断したのが面白かった。どうなるのかなと思っていたが、途中で降りていってしまったのでわからない。

9/17(火)夕

 今日も電車で寒くてたまらなかった。
 駅前校で履修登録があった。とはいってもはじめから必修で埋まっているので特にすることはなし。
 本屋で前から「あれは変だ」と聞いていた「うろんな客」という絵本を立ち読みした。つげ義春の「李さん一家」という漫画を思い出した。「『じつはまだ二階にいるのです』」
 「歴史グラフィティ忍者」読み終わる。

9/16(月)

 いらない本を40冊ほど売りにいったが、540円しかもらえなかった。
 「お色気ディープ東京」読み終わる。

9/15(日)

 電車に乗ったら異常に寒くてまいった。さいきん暑かったと思ったら急に寒くなったりして具合がよくない。

9/14(土)

 昔村西とおるというAV監督がいて、「気持ち良くなったら笛を吹いてください」というわけのわからんAVを撮っていた。こういう話を若者たちにしても信じてもらえないのだが、本当の話だ。黒木香のデビュー作をはじめ、いろんな作品でやっていたみたいである。なにぶん昔のことだし、その頃はまだ小学生〜中学生で自由にそういうものが見られる環境ではなかったのでよくわからない。

9/13(金)朝

 モータ加速がうまくいかない。フローチャートを書いて整理することにする。
 学研歴史群像シリーズ「朝鮮戦争」上読み終わる。戦術の話ばかりで、俺にはよくわからない。もっとマッカーサーを!
 学研「ブックス・エソテリカ」シリーズから「古武道の本」出る。しかし期待したほどアレな話は出てこなくて残念。「古神道の本」の方がよかった。
 植芝盛平が昔(「のらくろ」ぐらいの時代)、モンゴルで機関銃で撃たれたけど弾丸の軌跡が「見える」ので全部よけられた、という話が載っていた。
「『弾丸が飛んでくると、ひょいひょいと首や体をねじって避けるだけじゃった』」
 これを読んで、「マトリックス」の、のけぞって弾丸を避けるシーンを思い出してしまった。
 喧嘩芸・骨法
 ところで、一時期格闘技通信とかによく出てきた「弥生時代から一子相伝で受け継がれてきた喧嘩芸・骨法」の人は今、どうしているんだろうか。昔その人の本を読んでいたら、親父が家の塀を掌打(手のひらの付け根の部分でまっすぐ押すように打つこと。拳で顔などの固いところを打つと骨が折れてしまうこともあるが、ここなら大丈夫だということですすめられていた)したら手のひらの形に穴が開いた、とか、インドでカラリパヤットの名人と戦ったら相手は空を飛んで気がついたら自分の頭を飛び越して後ろにいた、とか、ことの真偽はともかく面白すぎるエピソード満載でわくわくした。
 あの「地上最強の男・竜」の作者(風忍)が骨法を描いた、夢のような漫画がある。宝島社?の、ゴジラをいろんな漫画家に漫画にしてもらう、という本の中だったと思う。他の漫画家たちが「ゴジラの圧倒的な力に屈せず、必死に戦いつづける自衛隊員たち」のようなまっとうなものを描く中にあって一人異彩を放っていた。骨法の達人がゴジラ(!)を掌打すると、ゴジラは内部から破壊されて(!!)死んでしまう。その後ゴジラの霊(!!!)がその男の子供の赤ん坊にとりついて邪悪なことをする・・・というような筋だった。最後はどうなったか忘れたが、結末がどうなろうとここまでですでに十分な傑作であることはわかるだろう。
 かつて、プロレス界には控え室で生肉を食らう原人、ライオンを絞め殺してその毛皮を着た大男、50人乗りのバスを一人で引っぱる怪力男、投げナイフも通らない鋼鉄の皮膚を持った男、中には本当の悪魔が入っているとしか思えない覆面レスラーなどが本当にいると思われていた。
『ああ ほんとうにこれが文明のさきほこるサンフランシスコの光景であろうか!! 馬場は目をうたがった!!』
 情報があまりにも流通しすぎるようになった現在、こういうファンタジーはなかなか通用しなくなってしまった。骨法も時代が違えば第二の空手バカ一代になれたかもしれない。

9/12(木)夕

 モータを割り込みで定速度回転させることに成功する。こんどは「だんだん速くする」だ。

9/12(木)昼

 朝用があって四条のジュンク堂に行く。ついでに銀行にいったりチケット屋を覗いたりする。
 「テキストサイト」というものを俺も作ってみたいのだが、他の人のと同じというのもつまらないのでちょっと研究してみた。
 その手のサイトにありがちな特徴

  • 白地に灰色の小さな字を使う
  • スタイルシートが好きで、ウィンドウの枠の色が変わってたりする
  • 書くことがないと自分の体調が悪いことを書く
 他にもいろいろあるだろうが、自分の首を締めるだけのような気がするのでやめておく。だいたいにたようなことはすでにここでさんざん書かれている。
 俺はこういう方針でいくことにしたい。
  1. 字体には凝らない
    • 下手に凝ると読みにくいし、だいいち面倒くさい。しかし、傍点が打てないからかわりに色を変えるぐらいはするかもしれない。
  2. 淡々とした「ふり」ではなく、本当に淡々と書く
    • さりげなく書いてますけど、私怒ってるんですよムカムカ。などという嫌味な書き方はしない。また、興味もないのに時事ニュースをとりあげて「興味は全然ないんですが」などと書くこともしない。興味がないなら書かなくてよい。
  3. いきなりPCで書くのではなく、まず手書きで下書き・推敲する
    • PCで書くと楽だから、ついだらだらと書いてしまう。また、よく知らない漢字を使って恥をかくことにもなる。手書きで、できるだけひらがなで書くようにする。
  4. 下ネタを書いたり自己卑下したりはしない
    • 世の中には、本当に心から下ネタが好きな人もいるのだが、そういう人を心の奥では馬鹿にしているのが見えるからである。下品なこと言ってますけどね、本当は僕はインテリなんですよ。自己卑下も同様。「俺ってあほやろ」という奴に「うん」というと怒るものだ。怒るぐらいならはじめから言わなけりゃいい。
  5. 書くことがなかったら書かないし、再開しても言い訳しない
    • いつも通っている道にあったビルがある日突然なくなっている、ということはよくある。しかしそこに何があったかすぐに思い出すのは難しいものだ。自分の直接の関係者ならともかく、インターネット上でしか知らない人なんか、突然サイトが閉鎖しても一週間もすれば忘れてしまうだろう。しょせんその程度のものだ。
  6. 口語体は「」の中でしか使わない
    • 結局今まであげたことは、普通の作文では当たり前のことばかりだ。入社試験の作文のようなものを想像してもらえばよい。入社試験の作文で字体に凝ることはできないし、PCを使うことはできないし、下ネタは書けないし、書くことがない言い訳なんかできないし、素の文章に口語が入ってくることもない。
 入社試験の作文の文体で面白い文章は書けるか?俺の考えではそれは可能である。ある程度原稿がたまったら新しいページでも作ろうと思う。

9/11(水)夕

 電源回路・センサ回路・モータ回路・CPU回路を接続し、とりあえずハードウエア完成。デバッグに入る。H8ははじめからいろんな機能が中に含まれているので、結線が少なくて済んでありがたい。
 ロジックチェッカが出てきた。書くの忘れていたが、高見君梨の差し入れありがとう。
 このあいだ「中国の赤い星」を読み終わったので今度はマッカーサーの本が読みたくなり、近所の本屋に探しに行ったが、置いてなかった。みんなマッカーサーに興味がないのか?

9/11(水)昼

 センサ回路単独での動作に成功。結線の順番がまずくて線がごちゃごちゃになってしまったが、線の配置がきれいで動かないよりは、汚くてもちゃんと動くほうがいい。 今週中にマシンを完成させ、来週からはプログラムに専念したい。

9/10(火)

 「ぢぬんをぐろぐろ(Perl版)」作成を進める。だいたいいいのだが、なぜか「い」の後の文字が化けるというバグがどうしても取れない。「い。」が「い■」、「い 」が「い◆」になるという類である。「い」の次の文字がひらがなならば大丈夫なのだが、記号になると化けてしまう。「い」は語尾によく使われるため、このバグが取れないと困る。
 ブラジル喫茶で幻のメニュー「ガーリックステーキ」を食べる。大きな肉が二切れ(片方はウエルダンで片方はレアだった)に目玉焼きとサラダまでついていて、じつにすばらしい。他の連中も「アボガドとバナナのジュース」「ドライカレー」「タコス風コロッケ」など頼んだことのないものばかり頼み、ことごとく当たりだったので感動した。この店を2年半素通りしていたことが後悔されてならない。来年おっさんは店をたたむかもしれないということだから、今のうちに行っておかなければならない。なんかサンボアに似てるな。

9/10(火)昼

 ROMライタ、学校のロジックチェッカを使ってチェックしてみる。途中、妙な現象に気づく。リセットボタンがきいていない。調べると、上向きにした足の下の部分にボタンをつないでいた。つまりボタンとCPUがつながっていなかった!もうひとつのRESETにボタンをつないでみると、あっさり転送に成功。馬鹿みたいだが、はじめての時はこういうものだ。とにかくこれで今後のCPUへのプログラム転送が簡単になった。実にめでたいことである。

9/9(月)

 先生からのアドバイスでリセットボタンをいじってみるが、やっぱりROMライタ動かず。名古屋遠征以来、ロジックチェッカがどこかに行ってしまっているので、思うようにチェックができない。
 最近昼間は暑いくせに日が落ちると急に寒くなる。ずーっとすずしいままでいてほしい。

9/8(日)

 漫画を75冊ほど売りに行ったのだが、450円にしかならなかった。まあ、古本屋で買った漫画だから、貸本を借りていたと思えばこんなもんか。字の本も買ってくれるみたいだからまた売りに行こう。本当にいい本は「まんだらけ」に売りに行く。
 「三銃士」というとても面白い小説があるのだが、このシリーズに出てくる「ポルトス」というやつはキレンジャーに似ている。太っていて、主人公のダルダニャンが「すごい陰謀があるんで、一刻も早く阻止しないといけない!」とせかしても「ちょっとまって、これ食べてから…」と肉食ってるようなやつだ。なぜかこういう集団ヒーローものには必ずデブが登場する。きっとみんなデブがすきなのだ(少なくとも小学生がデブ好きなのは周知の事実である。「北斗の拳」の「ハート様」の人気ぶりを想起せよ)。最後にこいつはアラミスを助けるために落ちてきた岩を支えたあげく下敷きになって死ぬんだが(違ったら悪い)、去年やっていた「Red Shadow 赤影」という映画で、舞の海がまったく同じ死に方をしていた。力自慢のデブは最後に仲間を助けるために下敷きになって死ぬ、これ定説。
 「三銃士」ではポルトスは死んでなかったぞという人もいるかもしれないので説明しておく。「三銃士」はダルダニャンが若い頃の話で、その後の話がまだある。「二十年後」と「ブラジュロンヌ子爵」である。「二十年後」はおっさんになった三銃士とダルダニャンが入り乱れて争う話、「ブラジュロンヌ子爵」はアトスの息子の話である。結局最後の巻でみんな死んでしまう。(アラミスは死んでなかったかも。記憶あいまい)「ブラジュロンヌ子爵」の一エピソード(といっても結構分厚い)に「鉄仮面」がある。ルイ14世と同じ顔の人が鉄仮面をかぶせられて地下に幽閉されているのだが、アラミスの陰謀でそいつが本物のルイ14世とすりかえられてしまうという話である。俺の感想では「鉄仮面」は面白かったけど、あとはちょっと退屈だったかな。やっぱり最初のが一番面白い。
 長ーいシリーズものはたいてい最初のが一番面白い。スターウォーズはエピソード4、スカイラークシリーズは「宇宙のスカイラーク」、ガンダムはファースト。「人生劇場」も「赤毛のアン」も「オズの魔法使い」も続編はむちゃくちゃたくさんあるけど、たぶん最初のが一番面白いんだろうな。読んだことないけど。
参考 http://www.gld.mmtr.or.jp/~louis/index.html 三銃士ファンクラブ銃士倶楽部

9/7(土)

 「オースティンパワーズ・ゴールドメンバー」を見る。ヒロインのアフロのお姉ちゃんがよかった。変なニッポンが出てくるが、あんまり変じゃなくて残念。わかってる人がわざとやってる感じがする。やっぱり変なニッポンは「コンタクト」とか「パールハーバー」みたいな真面目な映画の途中に突然出てくるのが一番面白い。わざとでも、「悪魔の毒毒モンスター東京へ行く」(安岡力也がサシミにされたりする)ぐらい執拗にやってくれるといいんだが。
 陰陽師(おんみょうじ)の安倍晴明(あべのせいめい)は、少女漫画ではたいてい「切れ長の涼しい目をした美青年」として描かれている。がしかし、そういうのに憧れて晴明神社(☆マークで有名。大阪・京都・名古屋にある。モード学園か)に行くとがっかりする。じっさいはこんなのである。これじゃただのおっさんだ!!
 西庄たちとの会話。
「行ってみたらただの神社で、神主に『美青年だったんですか』と聞くと『そういう歴史的事実はありません』って言われるらしいで。で『だまされた!!』って」
「たしかに別に美青年やったとは言うてないもんなあ」
「陰陽師て、要するに魔法使いやろ」
「手品がうまいおっさんがな、天皇にタメ口きくねん」
 調べてみたら京都のは意外と近所だった。そのうち行ってみたい。晴明様はおっさん呼ばわりしたぐらいで人にばちを当てるような心の狭い人ではないと信じている。
 これは余談だが、セーラームーンに出てきた「火川神社」のモデルの神社も、漫画が原因ではやった神社である。最初急に変な参拝客が増えたので神社では不思議がったらしい。あとこの頃、ジェダイト・ネフライト・ゾイサイト・クンツァイトといった渋いチョイスの鉱石がやたらに売れるようになって、石業界の人たちが不思議がったということである。

9/6(金)

 製作続き。相変わらずROMライタは動かず。マウスのほうは大分進んだ。ブラジル喫茶でブラジルのソーセージ(名前忘れた)試す。にんにくがきいていてうまかった。しかしまだまだ知らないメニューがたくさんある。「アボガドとバナナのジュース」とか。
 カロリーメイト(液体のほう)がはじめて登場した時、俺は小学生だった。兄の高校の体育祭を見に行ってもらったんだったと思う。その時あまりのまずさに悶絶した覚えがある。こんなまずいものが世の中にあるのか!!それからもう20年近くたつが、カロリーメイトはまだ売られている。もっとましな飲み物がどんどん消えていくのに、なんであれがなくならないのか不思議だ。

9/5(木)

 朝から日本橋にパーツ買いに行く。その他ねじ屋と銀行にも行く。夕方からきのう西庄が作りかけていたROMライタの続きを作るが、転送がうまくいかない。
 「お笑い超大国中国的真実」面白い。

9/4(水)

 マイクロマウス本体の作成開始。一日でかなりそれっぽい外見になった。H8にすると部品点数が少なくなったので楽だった。もっと小さくできるが、あえて前と同じ大きさにした。作っているうちに回路図の間違いが次々に明らかになった。部品があると思っていたものがかなりたくさんなかったので(ここまで書いてから「あると思っていた部品のうち多くのものが実際にはなかったので」と書くべきだったことに気づく)、明日買いに行くつもりである。
 ※ ※ ※
 われわれは会ったこともない人についていろんなイメージを持っている。われわれは西郷隆盛にも貴族にも会ったことがないのに、「西郷隆盛のしゃべり方」や「貴族のしゃべり方」はどんなのか、と言われたらそれなりの想像をしてしまう。以前、その手のものとして平清盛のマネというのを紹介したことがあるが、今日は超能力者の特徴というのを紹介することにする。
 超能力者といえば美少女でなければ子供と相場が決まっている。美少女の場合は「イヤボーンの法則」(いたいけな美少女が悪の組織に捕まり、なぜか下着姿で壁に縛り付けられ、「おうちに帰して!!」となきわめくのに対し、「ぐふふふ、そうはいかない、お前が『力』に目覚める前に始末せよとの○○様のご命令だ」と悪の手下の魔手が少女に伸びるその刹那「イヤーッ!!」という叫び声とともに『力』が発動して爆発する手下の頭、というシーンがエスパーものでは定番であるという法則。「サルでも描けるまんが教室」に出てきた)なんていうのがあるが、ここで紹介するのは子供のほうである。

超能力者の特徴

  1. 子供のくせに、むやみに人をさとすようなしゃべり方をする。「そんなだからだめなんだ」
  2. 飽きたらすぐ人を殺す。「もう、あきちゃった。おまえ、もういらない」
  3. 注意されると逆切れする。「おまえなんてきらいだ、死んじゃえ!!」
  4. なぜかちょっとお姉さんぽい女の子には力が通じないことがある。「あなたは、自分の『力』を過信しすぎているわ」
  5. 死ぬときは、信じられない、という意味のことをひとしきりわめいてから死ぬ。「うそだ、そんな、ぼくがこんな下等なやつらにやられるなんて、そんなのうそだ!!」
 「スプリガン」というアニメがあった。このアニメには銃で撃っても弾をはじき返す超能力者が出てきた。じゃあ一体どうやってこいつを倒すんだろう、と思ったら、なんとナイフで刺すとあっさりと死んでしまうのだった。しかも、理由についての説明はなかった。
 超能力ものといえば、たいてい好き勝手なことをして「おもちゃのように」人を殺しまくる子供の超能力者が出てきて、それを普通人がぼろぼろになりながらやっつける、というのが定番である。たまには大人の超能力者が性犯罪(大人が突然超能力を身につけたら普通まずこれだろう)とか窃盗とかしまくって、だれかが気づいて襲ってきても超能力でなぶり殺してしまい、で、たいていそういう展開の場合最後に「突然超能力がなくなってしまい金庫の中で窒息する」とかいう落ちがつくのだが、そんなものはなく、ただウハウハな生活だけで終わりというのがあってもいいと思う。
 「『おばあさんは、どうしてそんなに大きな口をしているの』『おまえを食べるためさ!』赤ずきんは、おおかみに食べられてしまいました。(おわり)」

9/3(火)

 マイクロマウス本体の作成準備。

9/3(火)朝

 ブラジル喫茶での会話。「成績表と一緒になんか来てた?」「『西庄は、駄目だ』って書いてあったで。何が駄目なのかは書いてなかったな」
 名古屋に行く時の会話。「あの建物なんやろう」「なんか不思議な子供がおってな、そいつが中に案内してくれんねん」「はあ」「そこにはうまいもんとか面白い遊び道具がいっぱいあってな、すごいええとこやねん。できれいな石とかいろんなもんをくれんねんけど、帰る時に注意されんねん。『ここにはいつでもきていいけれども、人に教えてはいけない』で、だまってときどき遊びにいくねんけど、親にこのもらってきた宝石を見とがめられてな、お前盗んだんやろ、とかいって責められんねん。でしかたなく由来を説明すると、そんなええとこがあるんか、言うて、みんなでぞろぞろとそこに来んねん。そしたらもうそんな子供も場所もないねん」

9/2(月)

 電子回路設計の手直し、プログラム書きはじめ。プログラム作成を基板作成と並行して進めるため工夫が必要。夕方ちょっと梅田で降りてから実家に帰る。成績表と後期の時間割が届いていた。木曜日は一日授業がないらしい。前は水曜日は1時間目だけ、木曜日は3・4時間目だけというふうにばらけていたのだが、うまくまとめてもらえたらしい。どっちにしても学校には来ていると思うが。

9/1(日)

 この日は名古屋の「名古屋工学院」でマイクロマウスの初級者大会があるので、部室で朝まで過ごして、5時ごろ出発した。先生が車でJR京都駅まで送ってくださったので、5時35分の始発で行くことができた。メンバーは俺以外に渕野、西庄、高橋、梅谷、桑原、吉田。全員男で、7人中6人が眼鏡着用である。
 電車の中では作業もできないし、むこうについても多分ほとんど調整はできない。だから「後はただスタートボタンを押すだけ」である。だから電車の中では寝るか、そうでなければ意味のないお喋りに終始した。例えばこんな感じである。
 「新幹線は速いな」
 「素人目にはわかりませんが、あの新幹線、実は止まってますよ」
 「なんかあの山の形、ジオラマみたいで嘘っぽいなあ」
 「あの景色、なんだか嘘っぽいでしょう。実は嘘なんですよ」
 「西郷隆盛の銅像、実は、犬のほうが西郷隆盛ですよ」
 「じゃあ後ろのおっさんは誰やねん」
 「あれは、逃げ出した西郷隆盛をつかまえた近所のおっさんです」
 彦根の「エセ金閣寺」が山の中に金色に光っていた。高橋君によるとあそこには五重塔とかの偽物もあるらしい。
 そんなこんなで8時過ぎぐらいにJR名古屋についた。名鉄か地下鉄か迷ったが、地下鉄で行くことにした。駅のコンビニで西庄がソーセージ形のかまぼこの中にたらこが入っているというものを買って食べて後悔していた。
 地下鉄は意外に駅の数が多く、乗り換えたりしなければならなかった。しかも防災訓練とかで長い間電車が止まったりしたのでとても時間がかかった。そのかわり地上に出てからは歩いてすぐだった。結局会場には9時少し過ぎに着いた。
 行ってみてわかったのだが、ほとんど身内みたいなメンバーでやっている練習会みたいなもので、気楽なイベントだった。マイクロマウスとロボトレースで、出場者がのべ25人ぐらい、観客を含めて40人ぐらいだった。その場で出場受付をして、競技のスタートは10時半からだった。終わってからも「ほかに出たい方は?」ときいていたから、ちょっとぐらい遅れても平気なようだ。
 西庄機は片方の車輪がどうしても回らなくなり、どうしようもない状態だったが、渕野機は前センサの調子さえ良ければぶつからずに走りつづけることができるところまでできていたので、必死で調整していた。前の日に前センサが何もないところで反応してしまう不具合が現れ、それがどうしてもなくならなかったのだ。
 西庄は一応5回ボタンを押したが、奇跡は起こらず、玉砕した。ロボットに念力を送る様子が会場の笑いを誘っていた。全国大会だと「そうですか」と冷たく言われて終わりになるところだ。渕野はやっぱり前センサの不調のためその場でぐるぐる回ってしまい、だめだった。前センサの感度を落として走らせると結構走ったが、やっぱり途中で誤作動してだめだった。行ったり来たりする様子を見た委員長が「なんだか生命の誕生を見ているような」という感想をもらしていたのが印象的だった。
 初級者大会という名称だが、機体を新たに作ればベテランも出場してよいらしく、いつも見かける名古屋工学院の先生など、絶対に初級者ではない人たちが賞を総なめにしていた。参加費は無料なのに出場者には参加賞として1000円の図書券がもらえた。つまり家族5人出場して一人ずつガラクタのボタンを押せば5000円儲かるということだな、などと言いあったものである。名古屋工学院自体はオシロスコープを何十台も持っていたり、実にうらやましい設備をそろえた学校だった(オシロスコープを見て「うらやましい」という感想を述べる人は世の中にあまり多くないと思う)。それにとにかく広い。駅前校が洛北校になったような感じだろうか。なんだかよくわからないが。
 一応ロボトレース(ライントレーサ、黒い床の上の白いサーキットを走るスピードを競う競技)も見て、帰りは名鉄の赤い電車で帰った。名鉄の駅まで歩く間に自販機でドクターペッパーを売っているのを見つけた。駅まではちょっと遠かったが、電車に乗ってしまうと3駅でついた。どうやら地下鉄では回り道を大分してしまったらしい。駅前で売っていた「大あんまき」と「鬼まんじゅう」が印象的だった。
 大名古屋ビルングの写真を撮った後、味噌煮込みうどんの店をさんざん捜し歩いたが見つからず(そもそも全然食べ物の店が見つからなかった。ないはずはないんだが)、結局きしめんを食べて16時すぎの電車で名古屋を離れた。
 帰りの電車ではさすがに疲れたのかみな寡黙で、座ったとたんに眠ってしまった。京都から地下鉄で北大路に向かい、20時半ごろ基地に帰還し、近所の飲み屋で小宴会の後解散した。