ハイリハイリフレ背後霊


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283.三位一体 2004.07.01

以下は、友人が勤めている専門学校で学生から提出された「同好会登録申請書」の「設立の趣旨」である。どうやらスノーボードのサークルを作りたいようだ。原文はこの上なく汚い鉛筆書きの字で書かれていた。

私達は、日々の生活の中で、ふとした時に、何かもとめています。
それは、私達だけでなく、この世界すべての人がそうだと、かくしん
しています。しぜんの中で三位一体となり、すべての人がびょうどう
である中で、ふだんのストレス、不安をとりのぞけるなら、と思い、このクラブ
を作ります.冬だけでなく夏も春もすべてのきせつであられるレクレーション
をとうして、いろいろな人と出会い、楽しむためのクラブです。

なにがなんだかよくわからないが、

「一応スノーボードのサークルとは銘打ってはいますが、冬だけでなく一年中遊ぶサークルです」

といいたいらしい。

この文章を書いた人は留学生とか危ない人というわけではなく、ごく普通の学生である。普通にしゃべるように文章も書けばいいのに、偉そうに書こうとして滅茶苦茶なことになってしまったのだ。

この書類は書き直されることになったのだが、文章としてはなかなか真似ができない味のあるものであるから、捨ててしまうには惜しい。そこで、ここに記録しておくしだいである。

【字数指定なし】

282.手慣れた感じ 2004.06.06

Tさんから聞いた話である。

朝の通勤ラッシュの阪神梅田駅付近に、困った顔をしている三十代後半?の女がいた。女は地下道の壁をコツコツとたたきながら行ったり来たりしていた。途中でふっと立ち止まり、さらに困った顔をしながらなおもコツコツを続けていた。

両手首に包帯が巻かれていたのでおそらく手首を切る癖がある人なのだろうが、包帯の上からちゃんと腕時計をしているところなど、手慣れた感じだったそうだ。

【字数指定なし】

281.ムーンストーンの指輪 2004.06.03

私は一時期専門学校に通っていたことがある。私と同時期に入学した人で、ミスターIという男がいた。

ミスターIをはじめて見たのは、ずいぶん前のことだ。そのとき彼は、「新入生歓迎クラブ説明会」の現場で、ある人が作った「『ストリートファイターII』をパソコンでフルスクラッチした格闘ゲーム」をプレイしていた。あまりにもうれしそうな表情でボタンをかちゃかちゃ押しているのに圧倒されてか、彼のまわりだけ人がいなくなっていた。

ミスターIは後にそのクラブに見学に行った。部室には、パソコンで例のゲームの開発の続きをしている人がいた。ミスターIはそのすぐうしろにぴったりくっついてのぞきこみ、ハアハア息を荒くしていた。彼はひとつのことに夢中になるとほかのことが目に入らなくなるらしい。その時足元に座っていた別の人(その部室は畳部屋だった)の頭の上に自分の陰嚢をのせた状態になっていることに全然気がついていなかった。

 想像してみるとわかるが、知らない人にパソコンを真後ろからのぞきこまれ続けたり、頭の上にずーっと陰嚢をのせられ続けたりするのは相当ストレスがたまることである。ミスターIは結局そのクラブには受け入れてもらえなかった。

ちなみに、この話は後に「ちょんまげ事件」と呼ばれた。

−−−−−−

あるとき、天文台の人が来て学校で講演会をしたことがあった。彼はふだん小学生たち相手に話をしているので、ここでも同じようなノリで話をした。

「みんなは、太陽系の惑星ぜんぶ言えるかな?」(手をあげて見せながら)

惑星の名前ぐらい覚えている人は多いだろうが、こういうところで手をあげるのは恥ずかしいのでみんなもじもじしていた。

そんな中、前のほうに座っていたミスターIは、勢いよく手をあげ、独特の甲高い声で元気よく返事をした。

「ひゃい!!」

あっまずい…と思ったときはすでに遅かった。

「どうぞ」

「すいせー。きんせー。ちきゅー。かせー。もくせー。どせー。てんのーせー。かいおーせー。めーおーせー」

「はい、よくできました!」

私たちはミスターIの声を聞きながら、笑いをこらえるのに必死だった。

よく考えてみれば、ミスターIは別におかしなことを言っているわけではない。太陽系の惑星の名前を内側から順番に言っているだけだ。しかし、なぜか笑いが止まらないのである。何もかもあの声がいけないのだ。ミスターIが読めば、きっと「リレーショナルデータベース入門」や「日本国憲法」だって爆笑をよびおこすであろう。

−−−−−−

ミスターIは卒業が近づくと就職活動をはじめた。学内の企業説明会というのがあり、それにも参加していたそうだ。

私の友人がそこに居合わせたときのことだが、その会の企業の人は「質問のときも、自己紹介とかしないで短くお願いします」と何度も繰り返していたらしい。時間がかなりおしていたのである。

「ひゃい!!」

そんな中、聞きなれた甲高い声が響きわたった。ミスターIだ。

「××学科のI.Kです。こんにちわ」

ミスターIは自己紹介をはじめた。

「(うんざりした調子で)いや、そういうのはいいから……なんでしょう」

「トイレ行っていいですか?」

「……どうぞ」

慣れているはずの人事担当者も、これにはさすがに意表をつかれたようだった。友人はおかしいやら恥ずかしいやらで大変だったらしい。

おそらく、トイレに行きたい→勝手に行ったらまずいから質問しよう→「企業説明会で質問をするときは必ず自己紹介しよう」とマニュアルに書いてあったな、とかいう思考の流れがあったのであろう。

−−−−−−

ミスターIを拒否したクラブもあったが、受け入れてくれたクラブもあった。当時創設されて間もないアニメ同好会である。アニメ同好会の初代部長は「一億総白痴化時代の申し子」を自称するなどインテリを気取った人物であった。しかし、学友が「電波ニュース」というジョークCGIで自分のホームページの文章を変な文章に変換したのを怒って、なぜかそのCGIの作者のところに抗議メールを送りつけるなど馬鹿げた言動が多かった。それでわれわれは、「一億」は「一」の間違いだろう、などと陰口をたたいていた。

この初代部長が卒業し、後を継いだのがなんとミスターIであった。おそらく他の部員たちが面倒くさがって仕事をおしつけたのであろう。ミスターIはクラブ説明会で新入生たちの前で演説をするはずだった。「だった」というのは、心配のあまりリハーサルをわざわざ見にきた初代部長がむりやり別の男に変えさせたからである。私はそのリハーサルの現場にいたのだが、笑いをこらえるのに苦労した。

「わたしたち あにめどーこーかいわ…」

ミスターIは必死で原稿を甲高い声張り上げて読むのだが、その声を聞くだけでわれわれはメロメロになってもはや抵抗できないのであった。内容は「アニメが好きな人はアニメ同好会に入ってください」という当たり前の内容で、笑うようなものではないはずなのだが…。

「これは伝説になるぞ」

私は期待していたのだが、先に述べたとおり彼は本番ではおろされてしまった。代わりの男はものすごく地味な声の男で、同じ内容の原稿をこの上なくつまらなそうに喋った。どうして同じ内容なのにこんなに印象が違うのだろう、と私は残念だった。

いずれ潰れるだろうな、と思っていたのだが、案外アニメ同好会は長く続いた。新しい部員も入って、ホームページもきれいに書き直された。

ところで、ミスターIは普段、いつも一番前の席で授業を受けていた。まじめなのかというとそうでもない。はじめはおとなしいのだが、だんだんじっとしていられなくなってきて、

「ンーフフーフー」

などと例の声で鼻歌を歌いながらノートになにやら落書きをはじめるのである。先生たちにしたらたまったものではないが、遠くからながめている分には面白かったものだ。

話をもどす。アニメ同好会の新しいページに、「創作物」というコーナーがあった。部員の作品を展示している場所である。見てみると、つまらないFLASHアニメなどが展示してあった。まあこんなもんだろうな、とあまり期待しないで「イラスト」と書いてあるリンクに飛んだ。すると、なんとミスターIの作品があるではないか。そういえば、あいつは見かけるたびになにか描いていたなあ。いったいどんな絵を描いていたんだろう。どうせ下手な女の子のCGとかだろう、ひとつ見て笑ってやろう。

しかし、期待はうれしい意味で裏切られた。出てきたイラストはありがちな女の子のCGなどではなかった。「ムーンストーンの指輪」と題されたその絵は、罫線の入ったノートの片隅に鉛筆で描かれた「指輪」の絵だった。しかし、これが指輪なのだろうか、「メビウスの輪」ではないのだろうか。ただの下手さではなく、想像をはるかに超える下手さなのだ。なんでこんなのが「作品」として載ってるんだよ、もっとましなのがあるだろうに…と考え、その背景に思いをめぐらしたとき、笑いが爆発した。私はいつまでも笑い続けた。

他の人のイラストも似たりよったりの内容ではあったが、ミスターIの作品ほどの破壊力はなかったのが不思議である。

アニメ同好会はそれからほどなくしてひっそりと廃部となった。ほとんどの人間はそのことに気がつかず、やがてアニメ同好会というものがあったことさえ忘れてしまった。廃部届けを書いているミスターIの悲しそうな様子を今でも覚えている。

もし、あのクラブ説明会のときミスターIが喋っていたら……と思う。アニメ同好会という組織はいずれ滅んだかもしれない。だが、少なくとも人々に忘れられない印象を残すことはできただろう。

【字数指定なし】

【参考】ムーンストーンの指輪

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